「○○かもしれない」を経験する権利



リスク。
アクシデント。

けが。
事故。

そういう部類のことは、
できれば起きてほしくない。
そして、起こしてほしくない。

ないほうがいい。
考えたくもない!

そんな感じではないでしょうか?

だからこそ、
不安でいっぱい。
慎重に慎重に、
石橋をたたいて叩き割るタイプじゃないですか?

楽しいことも安全第一!
何か起きることは許されない!
だから、何事も起きないように、
ちっちゃな世界で、
過ごす毎日。

たとえば、
はさみは、手を切る。
だから、はさみは使わせない。
そのため、はさみの使い方がわからない。

雨の日は濡れる。
だから、部屋の中で過ごす。
そのため、かさの差し方がわからない。

目の前にあるお金は全部使ってしまう。
だから、その時に使う分をあげている。
そのため、明日のことを考えるお金の使い方がわからない。

そういった、
安全安心といったことが重要視され、
彼らは守られている状態にすることで、
危ないことや意に反することが起きないと
思い込んでいる場合があります。

そして、何か起きた時の対応も
一人でできないことが多くなってしまいます。

誰かのレールに乗っていればいいので、
自分で情報を得ようともせず、
考えようとも覚えようともせず、
工夫もせず、
安全の上に立った「与えられたこと」の中で
やることになるでしょう。

はさみを使えばけがをするかもしれない。
だから、刃先に気をつけよう!

雨に濡れたら風邪をひくかもしれない。
だから、ぬれたらタオルで拭こう!

お金は使いすぎるとなくなるかもしれない。
今使ってよいものなのか、
確認しよう!

そういった、人生の中で、
私たちが当たり前にしていることを、
彼らにも経験する権利があるのではないかと思うのです。

たとえば、はさみを使う。
けがをするかもしれないというリスクを説明する。
だから、そうならないように彼らも考える。
慎重にはさみを扱うでしょう。
でも、万が一、けがをしたとしましょう。
そうすれば、次回は、刃先を触らないようにしようと考えますよね?

経験から学ぶことは私たちだけではなく彼らも同じです。

何かをする時に、リスクを考え、やめさせたり、
また、こちらの「してあげる支援」を湯水のごとくするのではなく、
リスクを説明し、
自分でやってみる権利があると思うのです。

「支援」は何かを間違ってはいけません。

その人を、守ってあげるだけではなく、
いろいろなリスクがある世の中だと
わかっていただくことも
大事な支援なのではないかと思います。
「○○は起きるかもしれない。でも、やってみる?」
という、彼らにとっての経験の場を意識してみましょう!