命が危ない:限界を低く見積もることの大切さ


このところ、
教師の体罰による児童の大けがや
母が子供を殺してしまったニュースが
入ってきております。

また、労働の場で、
過労による自殺された人の
ニュースもありました。

特に、
お母さんによる
子供を殺してしまったという事件は、
お母さんからもSOSが出ていて、
そのSOSがきちんと解釈されなかった可能性もあり、
また、相談機関に相談をして、
自分が、もう少し、がんばらなければと
考えてしまったかもしれません。

過労死をした労働者は、
福祉系ではありませんが、
なぜ、仕事を辞める選択にならなかったのだろうと
思う方もたくさんおいでだと思います。

でも、渦中に入ることは、
自分の気持ちも操縦不能になり、
自分に向かって、
自分はだめな人間だとか、
もっとがんばらないとだめだとか、
自分がやらなければとか、
まわりが見えない状態になることは、
皆さんもうすうす感じて
いらっしゃるのではないでしょうか?

もうちょっとなら、がんばれるはずと思う人。

自分に厳しい人。

人に迷惑をかけたくない人。

人を頼れない人。

今抱えている問題を捨て去れない(預けられない)人。

自分ができないことも、自分でやらなければならないと思っている人。

人に聞けない人。

愚痴を言えない人。

今の状況のなかでしか考えられない人。

ちょっとでも当てはまるという人は、
多いと思うのです。
と言うことは、
対岸の火事ではありません。

だいじょうぶだよ、私はしない。
と思っていても、
いざ、そういう状況になってしまって、
ひとりで、解決できない問題を抱え、
相談しても自分の意に沿った回答が見つからず、
それ以上には、
突っ込んだSOSはできなくなり、
もうちょっと自分が
何とかがんばれば
よいのだという思考になりやすく、
もう、あなたは
その渦から抜け出られないことに
なってしまうかもしれないのです。

常々、SOSを出そうよと
お話ししていますが、
どんなタイミングで出せば良いかが
わからないのかもしれません。

SOSを出したら、どう思われるだろう?
こんなことで、SOSをだしたら、はずかしい。
SOSを出したら迷惑かな?

そんな、相手の事ばかり思ってしまい、
余計に、SOSが、
放出できないことになったのではないでしょうか?

この時に、一番に思うべきは、
自分のSOSであり、
相手へのいたわりや、
相手への感情ではないのです。

子殺しをした人
労災で自殺をした人
虐待をしてしまった人

何かと違う場面ではありますが、
私にとっては共通項があり、
もちろん、その人だけの問題では
ないと思っています。

受け止めることが出来ない、
私たち個々にも課題があります。

その個々が作り出した、
社会構図の中にも
問題があります。

受け止めるどころか、
受け止めるよという想いを
言葉にもしていないのではないでしょうか?

「受け止めるよ」と発信する側は、
SOSを受けようとする人たちです。

今まさにがんばっている彼らは、
何らかのSOSを発しています。
そこに気づけなければ、
彼らはがんばるしかないと思い、
がんばりきれなくなった時に、
何かの行動をしてしまう。

私たち一人ひとりは、
渦中に巻き込まれてしまう可能性もありますし、
SOSを積極的に聞く耳も持つべきです。

そのためには、
まず、あなたのがんばりというものの限界値を
低く見積もる
ことです。

それは自分に対しても、
SOSを言う相手に対してもです。

自分ががんばってしまう人には、
もう少し低い位置で自分の力を見積りで、
これ以上はできないだろうと予測をし、
SOSを言う準備を始めることです。

「がんばり」は、
あなたが思うほど、
大きく強く、
備わっているものではないようですが、
いかがですか?

また、SOSを受けていく側になっても、
これくらいできるんじゃない?
ではなく、
これくらいでできなくなるだろうという
評価値を低くすることです。

どちらの側も、がんばりという
形に見えないものを
このくらいだろうと、
高く見積もっていることでの間違いが
とっても大きいと思うのです。

低く見積もる。
それはSOSを早く出せます。
また、SOSが来た時に、
助けに入る判断が早くなります。

もう少し何とかならないか?
もう少しがんばれないか?

そう思った時点で「がんばりの限界値」は
きているかもしれないのです。

自分を過信しないことです。
低く見積もっても、
恥ずかしくはありませんし、
人からの批判も恐れる必要はありません。

もし批判するような人がいたら、
あなたの協力者ではないと思えばよいのです。
その人に固執せず、他を当たることです。

人の命です。
命がなくなっては、
意味がないのです。

SOSを言う側は、
逃げる
放り出す
見ないふりをする
助けを求める
こころの中をオープンにしてください。

受け止める側は、
自分の考え方ではなく相手の気持ちを
充分に受け止め、
相手の気持ちに対して、
自分の常識を当てはめず、
無意味な評価しないことです。

命を救うためには、
つらいが言えることはとっても大事です。
そして、つらいを受け止める人も大事です。

でも、つらいは言いにくいので、
受けとめる力をもっと強化したいですね。
おせっかいなくらいでちょうど良いかもしれません。

命が絶たれたり、
大けがを招くようなことが、
この社会から、
ひとつでもふたつでもなくなりますように。