支援者が「障害」になっていないか?



知的障害がある人は、
できないことも多くあり、
社会システムや人の心の中などにある「障害」のために
生活のしにくさにつながっている場合も多く、
そのために、
支援者である私たちが、
彼らのとっての障害が
減少するようにと、
日々支援をするのです。

この時に、
支援者がしていることが、
彼ら知的障害がある人たちの
がんばりを誘導するようなことをして、
それで、障害がなくなってきていることになり、
つねに、
彼らががんばる構図となり、
障害が軽減させようとしている
ケースが見られます。

お子さんであれば、
まだまだ伸び盛りで、
たとえば、学習の仕方によっては、
「障害」ではなく、
「成長過程だったのね?」というようなこともあり、
関わりによって、
成長する部分もあるでしょう。

でも、
もう大人になり、
この人が今できないことは、
やはりこれからもできないこと
という部分であったり、
できるけど、
それは、部分部分の組み合わせで、
できることであれば、
私たちは、
彼らのがんばりをするよう仕向けるのではなく、
できることとできることをつなげつつ、
障害の減少を
促す事なのです。

ところが、
支援とは、
社会に合わせ、
ご本人たちが常に努力をし、
できないことを
できるようにするのだという考えが、
まだまだ主流なのではないかと
思える場面があります。

果たしてそうなのかといえば、
私から見ると、間違いであり、
「支援」ではなく
「間違った関わり」となっているよう
見受けられます。

私たち支援者は、
常に、自分のしていることに、
立ち止まって考えなければなりません。

彼らのしあわせのために、
私たちがしていることはこれでよいのかと
確認することです。

すこし具体的なことをお話ししましょう。

お料理が出来なければ、
お料理ができるようにするべきだ、
それが支援だ!というお考えの人もいるでしょう。

でも、お料理が出来なければ、
どこかで買うことも良しとするとか、
お料理の、野菜の皮むきはできないけど、
炒めるのはできるから、
そのできる部分をしてもらうというのが支援です。

また、作業であれば、
全行程を一人でできるように
するべきだという考えの
支援者もいるでしょうけど、
工程を分割して、
小さな工程の積み重ねで
できる人のいるのです。

このように、
できることから支援をしていくというか、
ご本人のできることに着目していく方法ですと、
彼らの自立というところに近づきやすいですし、
できることが増えていくことにもなるのです。

できないことは、
成長の過程なのか、
障害なのか、
その判断はできにくいかもしれませんが、
できないからといって、
おこったり、強制したり、
がんばらせたりすることを
あなたがしているようでしたら、
それは、支援とは逆方向に行きがちな
関わりなのでしょう。

彼らが苦痛な状態で、
がんばる毎日であれば、
それは、
「障害」が社会の中にあるのではなく、
支援者の心の中にあるのではないでしょうか。

あなたの心の中に、
彼らにとっての「障害」が
存在しているのであれば、
彼らはいつまでも、
「障害」の軽減にはならないのです。

そうであってはならないのです。

私たち支援者は、
何をするべきなのか。

障害を取り除くとは、
どういう方法なのか?

そして、
支援者が「障害」になっていないか、
振り返りましょう。

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