意見の良し悪しは誰が判断をするのか?



知的障害がある人の施設や事業所では、
自分がしていることに
「正解がない」という人がいます。

それについて、
私は、そうは思いません。

正解というのは、
知的障害がある人たちご自身が、
考えることであり、
本来、私たち自身で、
出すものではありません。

そして、彼らは、
「正解はこれです」と、
はっきり明確には
答えてくださらない
可能性もあります。

だから、支援者側は正解がないと
思い込んでいるようです。

ちょっと視点を変えてみましょう。

例えば、
料理をして、
家族に食べてもらい、
「おいしいね」といわれなくても、
完食して、文句を言われなければ、
今日の料理はおいしいと
思ってくれたのかな?と
思いませんか?

おいしいか、おいしくないかは、
相手が決めることですし、
毎日、おいしかったよといわれなくても、
おいしかったんだを
実感できるものがあるからこそ、
料理を作ろうとすることに
つながるのかもしれません。

これがもし、
毎日、残す量も多く、
「今日はいらない」といつもいわれたり、
食後も不機嫌そうにしているなど、
家族があなたの料理を欲しなければ、
おいしくないのかな?という
イメージもあるかもしれませんが、
どちらにしても
言葉に出してもらえない
可能性があるのは、
障害がある人の支援も
同じなのです。

そのような状況ですから、
「正解がないから」
といっている意味はないのです。

あなたの支援は正しいよと、
誰も言わなくても、
知的障害がある人の支援を続け、
今日は正解とイメージできることは
あなたが仕事を続けるうえでも
自分自身に大切な向き合い方なのです。

そこの視点が持てるような自分になる。
そのために、自分で自分を変える。
正しいかどうかは相手が決める。
そしてそれは、ご本人の反応などで
自分が感じ、
あれこれと疑うことなく、
彼らにとって良いと思える支援を
続ける自分でいることです。

さて、そこをまず捉えていただいたうえで、
今日のお話をしていきましょう。

あなたが、人の意見を
批判(反対)することについてです。

他の支援者との関係性の中で、
自分の意見が
正しいと思っている支援者が
多くいるのは事実です。

このような時、
チーム内の他の人を批判(反対)しがちな、
状態になります。

もしくは、自分の常識や
過去の経験から比較して、
相手を批判(反対)していると
言うことにもなりますね。

これは、
正解がないと思い込む人が多い職場で、
正解かどうかがわからないのに、
あなたの考えていることが正解と思って、
人の意見を非難しているのであれば、
何か説明のつかない
矛盾が起きるわけです。

このように、
相手の意見が良いか悪いかを
利用者の人に確かめもせず、
一方的に批判している場合、
職場環境も良くないよう
見受けられるのです。

自分の意見と
相手の意見、
どちらも利用者のことを考えつつ
意見をされているのでしょうから、
一つ一つ批判をせず、
やってみることから
始めませんか?

やってみて、
彼らが正解を決めるわけですから、
職員間で、
イライラと意見を交わす必要もないのです。

こういう場合、
相手より自分が認められたい
相手より自分の方の地位を確保したい
このように「相手より自分」という
思考の形であると、
相手を批判(反対)しがちになることもまた、
起きやすくなります。

私たち支援者は、
知的障害がある人の
しあわせにつながる支援であれば、
地位や職歴や経験の長さなどに
左右されず、
意見は同等で、
その意見が採用される頻度は同等で、
相手を立てる必要もなく、
利用者を見て、利用者のために
話を進めることだと思うのです。

あなたが、
どんなスタンスで物事に
対して意見を言い、
自分の意見を
通したくなっているのでしょうか?

もしかしたら、
そこに、利用者という存在より、
あなた自身の存在感の方が
大きいとしたら、
解釈としては、
方向性が違うのではないでしょうか?

全ての意見に職員間で色を付けず、
利用者の皆さんに
公正なジャッジを
求めていくために
自分の意見ばかりに優位な評価をせず、
フラットな気持ちで、
相手の意見も受け入れていきましょう。

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