共生をめざすのであれば



「共生」という言葉が、
最近よく見えてきます。

「共に生きる」

この言葉は、昔、流行りましたよね?

この、共に生きるというのは、
障害者が差別されているという社会の中で、
差別をなくそうということから、
出てきた言葉ですが、
障害がある人の側から発した言葉です。

そして、発する相手は、
障害者を差別している人や
差別はしてないまでも、
障害者のことを知らない人たちだったのではないでしょうか?

今、また「共生」という言葉があり、
これも、「共に生きる」と同じように使われるのであれば、
障害者や社会的弱者と言われる人や
数的に少ない側に属する人たちや
その人たちに寄り添う側の人が、
そうではない側の人たちに
投げかけている言葉でしょうか。

私自身が、この言葉を使っていくことが、
全くなかったのですが、
気になったことがありましたので、
書きたいと思います。

さて、先日書いた
「知的障害者が 存在しなければならない理由」
に、多くのご意見を頂戴し、
その中で見えてきたことがありました。

もちろん、私は知的障害がある人の支援者なので、
このブログでは、
知的障害がある人のことをイメージしていますが、
私は、知的障害がある人への差別は
あるものだと思っています。

私にもあなたにもです。

あるけど、その時その時に、
自分が差別していることに気づいて行けば、
少なくなくなっていくものだと思うのですが、
知的障害がある人に対して、
差別をしている人の中には、
かわいそうだから、いなくなってほしいと
願う人もいるのです。

かわいそうだから、
いなくなってほしいと願う人は、
行動していないだけかもしれません。

少し前であれば、
子を殺してしまう親もいました。

「かわいそうだから」も、なのです。

このように、差別を起こす人は、
知的障害がある人のそばで寄り添う人の中にも
あるのです。

さて、この「共生」ですが、
これを言葉にしている人たちの多くは、
自分たち側のことを考え、
言っているわけで、
自分たちと反対側の人に、
変化を求めています。

あなた方が間違っているから、
それを改めるようにと
求めるのです。

では、自分たちと反対側の人のことを
知ろうとしていますか?

たとえば、
知的障害者なんかいらないという人に対して、
共生を求め、
態度や考え方が変わらないと、
あなたがおかしい、
あなたなんかいなくなったほうがいい!
と、言っている状態では、
共生にはならないと思いませんか?

世の中にはいろいろな人がいて、
いろいろなことを考えて、
中には「知的障害者はいらない」という人もいるけど、
なんでそういうことを言っているのかなあ?と、
その人に歩み寄ろうともせずに、
あなたの考えは、おかしなことだと
切り捨てているだけでは、
共生は生まれないのです。

いろいろな人がいることや
自分と反対意見があることも、
知っていくことですし、
その意見を排除せずに、
存在を知ることです。

排除からは何も生まれないです。

それは、排除された側である、
障害者の側にいる人なら、
わかると思うのですが、
知らず知らずのうちに、
自分たちがされたことを相手にしているのです。

自分は障害がある人の味方だから、
味方でないあなたは排除しますという論理で
意見をしている人がいますが、
結局は、自分の迷惑な人を
切り捨てたいだけに見えるのです。

渦中にいると、
そういうことは、
わからないかもしれません。

そう、気づかないのです。

自分は、障害がある人のために
良いことをしていると思いすぎて、
自分がしていることに気づかないのです。

必ず、
自分と反対側の人がいます。

自分のほうを知ってしてほしいなら、
そして、共生を望んで行くのであれば、
相手のほうのことも知ることです。

お互いが意見を交わし、
知っていることを表面に出していき、
あなたはそういうことを考えて、
障害者がいらないといっているのね。
そうか、そういうことだったのね!
というところから必要なのではないでしょうか?

どうも、共生という言葉や
差別はあってはならないと
おっしゃる人たちの話は
ぴんと来ない私でしたが、
いろいろ話していたら、
少しわかってきたことなのです。

その話の中に優生思想という言葉もありましたね。
これも、あなた自身が不要だと思ってしまった相手のことを
切り捨てているだけでは、
何ら変わらず、
あなたの中に、
優生思想も存在しているということなのです。

知的障害がある人を
守りたいのはわかりますが、
守るために切り捨てようとしていませんか?

私は、まず共存をしていきたいです。
その中でわかることがたくさんあります。

私たちと反対側にいる人たちの言葉を
聞く耳を持ちましょう。

まずは、お互いを知ることからなのです。

その中で見えてきたものを
すり合わせて、
自分自身のちょっとした変化をもたらす。
これはお互いにです。

持ちつ持たれつの社会をめざすなら、
自分を閉ざさず、
両手をひろげて、
まずは、今のその人を受け入れていきませんか?

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