知的障害がある人の事業者は、
障害がある人を
囲む人たちのことに対して、
様々な事例を持ち、
それを平均化して、
ご家族に対しても、
他事業所に対しても、
地域に対しても、
「こういうものだ」
「こういう傾向がある」というような、
評価をすることがあります。
事業所から見て
お荷物になりそうと決めつけた人のことを、
「あの人だから、無理だよね」
「あの人だけ、別な感覚持っているよね?」
と考えます。
事業所に対して協力的な人に対しては、
「本当によくやってくれて助かる」
という感覚は持っているのですけどね。
この、全体を見回して、
その人だけ批判するような場合、
「何であの人だけ、できないのか?」と
いった言葉さえ聞こえてきます。
たとえば、
「批判ばかりしてくる」
「協力的ではない」
「職員を信頼していない」
「忙しいときに電話をかけてくる」
などなど、
その人の評価をする傾向にありませんか?
そして、その時に、
誰かと比べて、
自分に有利な解釈をします。
自分に邪魔にならないと思えば、
良い人と思い、
自分に邪魔になる場合は、
非協力的な人とレッテルをはります。
これは、実は事業所の職員だけではなく、
人としての本質のような気もするのですが、
事業所という部分では、
この一人ひとりへの評価が、
その他の人と比べており、
なぜそういう状態なのかも
考えもせずに、
「良くない側の人」と
決めつけているところに
問題があります。
こういった場合、
事業所側の解釈に
課題がある場合の方が多く、
その人の課題とは
思えないことの方がほとんどなのです。
例えば、
電話をかけてくる人は、
たくさんいます。
でも、事業所として
都合の良い時間と
そうではない時間があります。
その人が、いつも打ち合わせ中に
かけてくるとすれば、
何でこの時間なのか、
邪魔しているのか、
他の時間にかけられないのか、
他の人は、この時間に
かけてこないのにといった
論理になりやすいのです。
電話をかけてきた人に
寄り添った考え方ができずに、
自分本位ですよね?
そこに気づくべきなのです。
相手にも生活があり、
その時間が一番電話がしやすい場合もあります。
それに、
就業時間内ならOKと
思うことでしょう。
このような、
なぜそうしているのかを、
相手の側に立って考えようとしないので、
その人が悪者になってしまうのです。
一言、「この時間をさけてくださいませんか?」といえば、
済むようなことも、
何も言わないで、
「そんなことわかるでしょ?」という論理で、
自分たちの常識を押し付け、
批判している場合もあり、
要注意なのです。
もうひと例を出しましょう。
その人が話をすると、3時間くらいかかります。
そういった場合も、
「他の人なら1時間なのに」というところから始まり、
「長すぎる」
「こっちの仕事のことをわかってない」
などと批判をする場合があります。
そういう場合は、
最初に「1時間で」と区切れば、
そこで終わりにしていただけることでしょう。
その人にとって、
3時間は「普通」の域なのです。
でも、事業所にとっては、
「普通ではない」域としていると、
「あの人は迷惑をかける人だ」と
評価をしてしまうのです。
このように、
私たち事業者側は、
常に他の人と比べ、
評価をしていますが、
その人は、他の事例など知りません。
「これくらいが普通」も知りませんし、
その人その人、
事情も違うのですから、
平均化する必要もないと思うのです。
「あの人だけ変わってるよね?」という見方は、
拒絶を表していますし、
自分の基準に合わせようとしている、
おかしな考えです。
その人が、あなたの事業所に
アクセスしている意味を理解し、
表面的な、他者との違いを前面に出して、
その人自身を評価するべきではないのです。
それに、評価している時点で、
本当に受け取るべき情報を
手放しかねません。
また、あなたが、事業所のひとりとして、
他の職員にも、あなたの評価基準を
愚痴として伝えてしまっているのであれば、
それは、評価が広まって他職員も
誤解をする種となります。
その人が、
あなた基準では計れない、
SOSを発している可能性もあります。
それらをつかむ前に
あなた自身が壁を作らないように、
誠意をもって、
相手の発信を受け取りましょう。