できないことをがんばると言ってきた人への支援



知的障害がある人が、
できないことを
できるようになりたいと思い、
「できないけど、がんばります!」
という人もいると思います。

できないけどがんばる。

なぜできるようにしたいのかと聞くと、
生活に役立つとか、
そういった類ではなく、
それができたほうが、
世の中に認められると思う人もいます。

言葉としては、
「できないと恥ずかしい」
「やっぱり、できないと、いけないと思います」
「おとなだから」

「できなくても恥ずかしくないですよ」と伝えることと、
自分の生活に必要であるのかとか、
他のできることやもので、
代替えできるのではないかと提案してみると、
本当は、ものすごくしたいわけでもなく、
やらないといけないと、
自分なりに考えた結果だったりします。

つまり、
なにかの外的要因で、
「○○しなければならない」
「がんばるしかない」
という気持ちになる人たちがいるのです。

できないことをしたいと言ってきたときに
支援をしようと思うのは、
それができることで、
生活の質が良くなったり、
暮らしやすくなることや、
楽しみが増えるなどのことが中心で、
代替えすることが出来たり、
そのことをやる意味が、
支援者として、
どうしても感じられないような場合は、
ご本人に問いかけをして、
本当にしたいことなのかどうかの
考えを聞くようにしたいところです。

例えば、
計算ができるようになりたいと言って、
問題集を買ってくる人もいます。
でも、計算機でできるのであれば、
その方法を教えたいところですし、
本当に計算が必要な場面は、
数少なく、スーパーであれば、
レジの人が代替え者となってくれます。
本当に計算がしたいと思っているのかも
聞くようにしなければ、
気持ちの本質に触れることはできません。

ご本人がやりたいと言ってきたとしても、
より簡単な方法で、
結果的に同じようなに出来ることを
お勧めしたいところです。

彼らの
「できないけどできるようになりたい」は、
ある種のSOSです。

こころの中で、
他者と自分を比べて、
できないとわかっていても、
しなければならないと
思い込んでいることもありますから、
支援者である私たちは、
単に、スキルを獲得することに目を向けるのではなく、
そんなあなたで大丈夫なんだよと、
こころの不安を取りのぞく方が、
もっともっと大事なことなのです。

表面的な言葉通りことに対して
支援をしているのは、
私たち支援者の本来の姿ではなく、
彼らがどんな生活をし、
社会の中でどんな影響を受け、
心に傷を持っているかも
確認しつつ、
やりたいことを
やれること、
そして、
彼ららしい生活を
繰り広げていただくために、
私たち支援者は存在するのだと、
ご理解いただきたいと思います。

表面的な言葉から、
自分が行動を急いではいけません。
裏に隠された、心の動きもまた感じとり、
ニーズを引出し、
支援をしていきましょう!