誰のために自分の意見を言うのか?


職場や家族の中で、
自分の意見を言いたいけど、
なかなか言えない方も多いと思います。

何かが邪魔をしているのです。

それは、自分のココロの中に潜んでいるのです。

相手にどう思われるのだろうか?

この迷いではありませんか?

自分の意見が、
相手と違うことを予測して、
言った後にどんな反応が返ってくるのかを
心配している状態。

この意見が間違ってるかもしれない。
そしたら、相手がどう思うかな?
間違っていたら恥ずかしいと考える状態。

これは、そう言ってしまった自分が
嫌われるのではないか?
怒られるのではないか?
仲間外れにされるのではないか?
笑われるのではないか?
そんな心配というところでしょうか?

どうしても、「自分は…」という思いに駆られるようです。

逆に意見を言える人は、
意見を言うことで相手の役に立てる人かもしれません。
または何も考えていないかもしれません。
相手の感情が影響しない人です。
いかがでしょう?

意見を言おうとしている人が、支援者の場合、
「相手」が2人います。

ひとりは、
自分とは別な支援者や社会など。
(上司・同僚・先輩等含む)

そして、
もう一人は、
知的障害者や自閉症者。

意見を言うときに、
躊躇するのは、
他の支援者にどう思われるかと考えるココロ。

でも、同じ意見でも、
知的障害者の皆さんを強く思うココロをお持ちなら、
他の支援者などにどう思われようと
言えるのではないでしょうか?

あなたの意見は、
知的障害がある方のために言う意見のはずです。

「相手」と意識してほしいのは、
あなたへの評価を言ってくるだろうと予測してしまう、
周りの同僚のことではなく、
知的障害がある方です。

その意見に対して、
たしかに、
知的障害がある人たちは、評価をしないです。
悪い評価もしなければ、よい評価もしてきません。

でも、あなたが彼らのために、
勇気を出して、
正しいと思った意見を言ってくれることに、
よろこんでいるはずです。

逆に、
「相手」からの評価を気にして、
自分の意見を言わないとしたら、
それは知的障害がある人にとって不幸かもしれません。
あなたが、知的障害がある人たちを無視していることにもなります。

あなたが、意見を言うのは、
自分への良い評価がほしいからですか?
または見返りがほしいからですか?

それとも、なにも返ってくるものがなくても、
知的障害がある人の
しあわせを願ってのことですか?

意見を言うのは、
そんな自分のココロを断ち切れるかどうか
なのかもしれません。
勇気も必要でしょう。
でも、一度できれば、あとは簡単です。

それは自分のココロが決まるからです。

さあ、あなたの意見は、
あなたの意見を待っている人のために発しましょう!
たった一人のためにとなるかもしれません。
でも、それは大事なことです。

応援しています。