障害者虐待:一生懸命すぎて虐待になる



知的障害がある人への支援をしていると、
何とかしなければと、
自分の考えている状況に近づけようとして、
一生懸命になることがあります。

もちろん、個別支援計画にも、
そのあたりを謳っていて、
支援者として目標達成のために
躍起になる場合もあることでしょう。

この程度の支援では、彼らのニーズに
こたえられないと思う人もいるでしょうし、
もっともっと、
彼らは頑張るべきだと捉える人もいるでしょう。

目的は、それぞれ違ったとしても、
私たち支援者が、今以上に、
「何とかしないと」と思う気質のために
関わりを十二分にする方がいます。

この場合に、
虐待につながりやすくなるのを
意識していますか?

よく、
支援と虐待の境目はどこかと
聞かれることもありますが、
これは、もしかしたら1ミリも
離れていないかもしれません。

その、境目をだれも知ることがないですし、
同じことをしていても、
支援になることもありますし、
虐待になることもあるのです。

でも、
明らかなのは、
支援の延長線上にあり、
「それ以上」の部分に
虐待があると思って、
間違いありません。

一生懸命支援をしても、
思ったような結果が出ず、
もっと支援をしなければと
密接に関われば関わるほど、
虐待になる構図です。

もちろん、違う部分からの虐待もありますが、
この、密接にかかわるから
こそ虐待に行ってしまうと言うことが
多く見受けられるのは事実です。

何とかしなければと思う時に、
社会に合わせようとしてみたり、
ここまでできるのだから
もうちょっとできるでしょうと思って
一線を越えてしまったり、
ストレスが別な所にあって、
そのはけ口の人もいるでしょう。

そして、虐待の域になってしまった瞬間に、
自分を制止することが出来なければ、
一度してしまったことを、
良い方法だと勘違いします。

では、もしかして?と自分を疑った時、
誰かがとめてくれるのかというと、
止めてくれない確率の方が
高いことは知っていますか?

他の職員がいるところで、
その状況になった時に、
誰も止めない可能性があります。
虐待だろうと思ってもです。

これも、様々な職員が
あなたとの人間関係を気にするあまり、
何も言わないのです。

ですから、
できるだけ、
自分で、
その感情を
止められる自分になることです。

とにかく、
これって虐待?と思った時点で、
一度利用者から強制的に、
自分から離れましょう。

できれば、
イライラしたり、
カーッとなったり、
もっと!と思った時点で、
離れたほうが良いですね。

実は、虐待というのは、
関わるから起きるのです。

関わらなければ、
虐待には行きません。

ですから、
関わりをやめるのです。

そして、
自分の支援方法は、
このまま続けても良いのか、
別な方法が良いのか、
もう一度、
捉えなおしてみましょう。

別な方法があった場合は、
別な方法も良いですし、
「今日の支援は中止」と思うことで、
クールダウンをして、
次の日からの支援にした方が
より良いと思います。

と、言うのは、
利用者の人も、
あなたから虐待状況になって関わられて、
不安がっているかもしれませんし、
考える力ももう弱っているかもしれないので、
今続けてその支援をしても、
無意味に終わる可能性もあるからです。

ですから
一旦中止して、
新たな方法を考え、
次の日から開始することでも大丈夫です。
他の職員に相談することも
必要かもしれませんし。

そのくらいの時間は、
多くの影響は残しませんし、
続けてやっていくことで
虐待になるようでしたら、
そのほうが危険です。

私たちは、
だれでも、虐待につながる道を持っています。
それは一生懸命に、
支援をしようとするからです。

一生懸命支援をすることは、
とっても良いことですが、
自分の行動にブレーキが
かけられることもまた重要です。

一生懸命すぎず、
自分の行動を第三者的に
見ることが出来るよう、
自分の行動を確認しながら、
利用者のニーズを解決する支援を
していきましょう。

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