「重度だから、意思確認ができない」
というくだり。
日々の活動中でも、
重度の人に対する支援というのは、
悩むと思います。
無表情に近い方は、
良いのか悪いのか、
本当に悩むところですよね。
特に、個別支援計画になると、
ご本人の意思を確認しないといけないものですから、
大きな壁となるのでしょう。
言葉がない知的障害の人はたくさんいます。
その方たちだって、
何らかの意思を表現していますよね?
でも、はっきりと、
「あなたの支援は、私にとって正しいよ」と
言ってくださらないわけですから、
不安になるのでしょうね。
ただ、どうも、こういうことを聞くと、
中には、相手が重度だから意思確認できないから、
私は支援ができないんです!と、
相手に理由を擦り付けている
支援者もいて、
残念でもあります。
私たちは、相手の意思が
確認できない人にでも
支援はするべきですし、
言葉を持つ人だって、
本心を語ってるかというと、
そうでもないことが、たくさんあります。
また、知っている世界が少なすぎて、
自己決定も
ご自身の世界の中だけでする場合もあり、
それは、私たちが持つ情報を
彼らの最初の意思に反して、
提示するべき時が多々あります。
つまりは、相手がお話しをしてもしなくても、
支援をするべきだし、
情報が少ない中で決める方であれば、
違う情報を入れることは、
必要な場合もありますし、
一概に、すべての意思確認がされるようなことだけが、
支援ではないと思うのです。
もちろん、意思確認は重要ですよ。
その原則はありますよ!
でも、結局のところ、
トライ&エラーで、
私たちから、提案をして、
やっていただいて、
拒否感や、困難さなどを
こちらで把握して、もしだめなら、
他の方法で支援をしていく
ということなのです。
その人が自分の力で、
自分の人生を切り開けないことが多いために
私たちが支援をしていると思えば、
最初から意思表示を当てにせず、
思いっきり、その方の人生を考え、
最良の支援を生み出すと思いつつ、
支援をしてみることだと思うのです。
もちろん、意思が確認できないとは言っても、
お一人お一人違いますから、
やっぱり日々の彼らの表情などで
意思表示につながると思われることを
充分につかむことです。
意思表示は、大事なことです。
でも、意思表示ができない人もいます。
そういう人たちにも支援をするのが私たちです。
改めて、支援を自分の中に位置づけましょう。
そして、正解が見えなくても一歩踏み出す力を持ちましょう。